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福岡高等裁判所 昭和30年(う)2624号 判決

被告人

洗醇

事実

被告人は、PL教団教師で同教団熊本支部長であつたが、昭和二八年四月二四日施行された参議院議員選挙に際し、全国区から立候補した同教信者庄司彦男に当選を得させる目的を以て、前記支部見習教師恒川恒造等と共謀の上、前記選挙期日公示(同年三月二四日)前の同年三月一九日頃から同月二二日頃までの間、熊本市大江町九品寺PL教団熊本支部外数個所に於て、同教信者岩下敬善外十数名に対し、前記候補者の経歴等を掲載した国民総親和運動の提唱者庄司彦男後援会員之証と印刷した選挙運動のためにする文書合計一万数千枚位を頒布し、以て通常葉書以外の文書による事前運動をしたものである。

検察官の控訴趣意について。

被告人はPL教団教師で同教団熊本支部長であつたが、昭和二八年四月二四日施行された参議院議員選挙に際し、全国区から立候補した同教信者庄司彦男に当選を得させる目的を以て、前記支部見習教師恒川恒造等と共謀の上、前記選挙の期日の公示前たる同年三月一九日頃から同月二二日頃までの間、熊本市大江町九品寺PL教団熊本支部外数箇所に於て、同教信者岩下敬善(岩下敬喜とあるのは上記の誤記と認める)外約三六名に対し、前記候補者の経歴等を掲載した国民総親和運動の提唱者庄司彦男後援会員之証と印刷した選挙運動のためにする文書合計一八、〇〇〇枚位を頒布し、以て事前運動をなしたもの(罰条公職選挙法第二三九条第一号第一二九条第二四三条第三号第一四二条)として起訴されたところ、原判決が論旨摘録のような理由のもとに無罪の言渡をしたことは、記録上明かである。

そこで審案してみるのに、検察官提出の昭和三一年二月一日附中央選挙管理会委員長松村真一郎の質疑回答書によれば、昭和二八年四月二四日施行された参議院議員選挙は同年三月二四日選挙期日の公示があり、全国区選出議員候補者庄司彦男は右選挙公示期日と同時に立候補届出をし、供託金はこれより先同月一三日東京法務局に納付していることが明かで、更に証第六号の教勢発展むすび隊本部よりの昭和二八年三月一九日附各支部長宛通知書中「毎々選挙対策については御配慮に相成り、各支部夫々の芸術に専心の御事と感謝に堪えません。就きましては○言論機関の利用に対しては予て十分御配慮のこととは存じますが、同封の新聞記事参考までに御送り致しますから、各地方新聞に働きかけ合法的に言論機関を極力御活用方迫車をかけて下さい。次に教区長より既に御通知があつた筈ですが、後援会員の募集は選挙の公示には拘りなく積極的に芸術して下さい(勿論現地事情は参酌されて)……」との記載、証第三号の後援会長井上一二名義の昭和二八年三月二二日附総親和運動の意義と題する書面中「……五、庄司氏の参議院議員立候補、今般庄司氏が参議院議員に立候補することは、総親和運動の一部面としての行動であるのである。あたかも、労働運動の一部面として、その闘士が政界に活動するが如きものである。総親和運動としての一政治的活動であつて、総親和運動の全体性、恒久性に比べれば、氏の立候補は一部であり一時的のものである。六、選挙期間中に於ける後援会員の勧誘。前述の如き意義よりして今回の選挙期間中に於ても、また選挙後においても、総親和運動の後援会員を積極的に勧誘して頂きたい。但し、参議院議員選挙公示後に於て、名刺類似の印刷物を持参することは、選挙違反の嫌疑となりやすいからして、趣意書を持参したり後援会員に「庄司彦男後援会員の証」を渡すことは差しひかえられたく、この証は選挙終了後に渡して頂きたい。即ち、選挙期間中は「信仰体験集」により新友紹介或は後援会員勧誘をして頂きたい。……」との記載、竝びに証第一号の庄司彦男後援会員の証と題する本件頒布文書を綜合すれば、右証第一号の文書頒布は、右後援会会長井上一二等幹部において、一面教勢発展のための総親和運動推進の目的を有すると共に、一面昭和二八年四月施行された本件参議院議員選挙に際し、全国区から立候補した庄司彦男の選挙運動推進の目的を併有していたことは、蔽ふべくもない事実であるといわねばならない。そして右幹部の意図する前示選挙運動の目的が、下部機関である被告人にも滲透し、被告人にその認識があつたか否かの点が本件事案解決の中心点であるところ、本件記録中被告人の司法警察員竝びに検察官に対する各供述調書のみならず、これを補強する参考人河合六郎・同東勝・同瀬戸口友助・同田上正一の検察官に対する各供述調書の存在することは検察官指摘のとおりであるほか、原審第三回公判における証人東勝・同船津かずえ・原審第四回公判における証人江藤磧・同岩下敬善・同岩下ミヨの各供述記載、原審第五回公判における証人別当謙蔵・同瀬戸口友助・同阿南カツヨの各供述記載、原審第六回公判における証人田上正一及び原審第七回公判における証人山田扶希子の各供述記載を綜合すれば、被告人は前示庄司彦男の前歴等から昭和二八年四月の参議院議員選挙に立候補の意図あることを予知していたのみならず、前示文書の頒布は来るべき右選挙に際しての選挙運動推進の目的を併有していることも認識していたことを窺知することができる。

弁護人は、前示捜査機関に対する被告人及び参考人の各供述調書は、拷問強制による任意性のない供述調書であると主張するけれども、前掲原審公判における各証人の供述調書と比較検討しても、拷問のなされた形跡は認められないし、任意性のない供述調書ということはできないので、所論は採用できない。

次に本件頒布行為は、被告人がその個人たる資格に於てなしたものでなく、教団の熊本支部長たる資格に於て教団本部の指令に従い行動したもので、教主の命令は神の命令として、右教団の支部長たる被告人としては何等批判の余地なく絶対にその命令に服従せざるを得ないとする教団の主義に則り、教団本部の命ずるところに従つて国民総親和運動であるとの信念を以て行動したものであるから、期待可能性を欠如するものとして無罪であると主張する。しかし本件行為は時恰かも昭和二八年四月施行の参議院議員選挙を目前にして展開せられたものであり、一面右選挙運動推進の目的を併有していたものであること、竝びに被告人に於てもその認識あつたことは、既に前に説示したとおりであつて、前示原審証人江藤磧、同岩下敬善、同岩下ミヨ、同阿南カツヨ、同田上正一の各供述記載及び当審証人岩下ミヨの証言によつて、同人等は本件行為が選挙事犯を構成する虞ありとして、これを中止していることが認められるのであるから、被告人に於ても当然本件行為を抑止し得た筈であり、且つ本件行為が純然たる宗教活動でなく、選挙運動の一面をも併有していたことは前示説明のとおりであるから、純然たる宗教活動に関する教団本部の命令ならば格別、宗教本来の分野を逸脱した部面に於て、これが拘束を受くべき筋合のものではないといわねばならない。

従つて弁護人の右論旨は到底採用の限りでない。

以上によつて原判決が、前掲被告人竝びに参考人の司法警察員竝びに検察官に対する各供述調書は措信できないとする一方、被告人の本件行為を以て教団支部長として教団の命令に従いその任務遂行のためなした行為であると判断し、被告人に犯意の証明不十分であるとして無罪の言渡をしたのは、証拠の取捨選択価値判断を誤り延て事実誤認の違法を冒したものといわねばならず、右違法は原判決の主文に影響を及ぼすべきことは明白であるから、刑事訴訟法第三九七条によつて破棄を免れない。

そこで当裁判所は、本件記録、原審竝びに当審において取調べた証拠によつて直ちに判決することができるものと認めるので、同法第四〇〇条但書に従い判決することとする。

(裁判長裁判官 高原太郎 裁判官 鈴木進 裁判官 厚地政信)

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